続・帰ってきたはぐれ日記

@えりえりの個人ブログ ネットまわりのことを主に書いていきます

モールス/ぼくのエリ〜200歳の少女〜

ハリウッドリメイクされた映画で、今月、日本でも公開された「モールス」について
リメイク前の「ぼくのエリ」の方を見たので、感想を書こうかなぁ……と思ったら

こちらに、詳しいブログ記事がありましたw
勝手にリンク

ぼくのエリ 200歳の少女(LAT DEN RATTE KOMMA IN)/悲劇の少年たち

モールス/「ぼくのエリ 200歳の少女」ハリウッドリメイク版が、背負ってしまった宿命。


そんなわけで、ネタバレにいたるまで全て上の記事でまかなえるって感じですが……


そんじゃ、上の記事のライターさんがご覧になっていないという原作の話を取り混ぜて
もう少し、突っ込んでみます。


まず、映像の方は綺麗です。
とてもホラーとは言い難いほど、役者も風景も、ストーリーの見せ方も美しい。
だから、見た人は、ごく一部の殺戮シーンなどを除いて
なんだか、思春期の淡い恋心、子供の無垢な美しさに打たれるのだと思います。

むしろ、それが映像の狙いでもあるので
ハリウッド版の、ちょっとセクシーな少女ヴァンパイアが原作のエリとはまったく別物であっても
それはそれで良しでしょう。


というわけで────行きます。


ガッツリ原作を読んで映像を見た視点で
ここから先はネタバレもいいとこ、映像化されていない、奥の奥まで話しますので、ご注意をば……


まず、リメイク前に日本公開でぼかされちゃったエリの局部。
これが、去勢手術のあとなのは、海外版の映像写真とともに、上のブログ記事でも紹介されていますが


じゃ、なんでこうなったか。
オスカーはエリと同調するシーンで、その一端を追体験します。

そもそもエリ(英語読みだとイーライ)には、自分の性に対する意識はありません。
とても幼い頃に、変態趣味の領主に差し出されて
玩具として(あるいは宮仕え、または美しさを保つため)、去勢されています。

その後、どうして吸血鬼になったのかは描かれていませんが
彼の本名は、ラテン系で
物語の背景である1970年代から換算して、200年以上前には、すでに生まれています。


エリの人生を狂わせた、こうした少年愛趣味は
作中、最も大切な要素でありまして
さまざまな人物の性癖や、視点を通して、多方向から描かれています。


まず
引っ越してきた際、エリの保護者としてふるまっていたホーカンという男は
エリと会う以前に
未成年の少年に対するいたずらで、刑罰を受けています。
そして、エリのための貢ぎ物も、少年の血。
エリを恋人と呼び、物語の初めの方では
今夜は傍らで寝てくれ、血を上げるから、体に触らせてくれと懇願するような
そういう、下世話な会話も延々あります。

映画の中では
自殺未遂から、あっさりエリに殺してもらっておしまいの
情けなく弱気で、凡庸な印象しかない男でしたが
なんと原作では、後段
狂気の怪物レイパーと成り果て、
理性を失ったあさましい姿で、エリを追い回すという、ホラーらしいインパクトで迫ってきます。
殺人機械のようになってしまった化け物ぶりは、ものすごく怖いです。

そうしたホーカンの、狂気の性愛と
オスカーがエリとかわす、ほんのりとした少年愛の対比が原作では顕著です。

オスカーは最初、エリを少女だと勘違いしていましたが
後半部では、完全に少年だと知っていますし
エリもエリで、しだいに少年だった頃の人間らしさを取り戻しているので
ラストの下りは、ほとんど萩尾望都の「ポーの一族
エドガーとアランの彷徨の旅路を、思わせるようです。


また、その他の相違点では
ハリウッドリメイクは、舞台がアメリカなので、設定がアレコレ細かく違いすぎ(笑)
リメイク前を中心に述べますと


エリの不注意によって
うっかり感染してしまう女性は、原作では二人。
ひとりはすぐに焼死し、もうひとりは長々と独白視点で、ヴァンパイアの生態を悟ったあと
太陽に焼かれて自殺します。(ハリウッド版は事故)

この女性の存在は
原作では、エリ自身が、同じ業を背負っていることを
説明するのを省くため
後段で、太陽に焼かれて苦しむシーンの説得力のためだけに作られたような設定で
ちょっとくどいですが(笑)

それだけ原作者は、エリを汚れなき者として
この世ならざらぬ描き方を貫きたかったのだとも、いえるでしょう。


さらに映像では、ほんのり触れる程度でしかなかった、オスカーへのイジメ。
ラストシーンの報復があまりにえげつないので
「ここまでしなくても……」と、観客に思わせた向きもあったようですが

原作を読むと、その執拗さ、陰湿さがえげつなく
いじめっ子の、腐った根性の原因となった、大人のいやらしさまで
しつこく描いています。
映画のような、ちょっとからかってみただけなんていう、言い訳ができないぐらいの醜さです。

そうした根深いイジメが繰り返された長い間に
オスカーの心が、壊れる一歩手前まで追い詰められていたのがよくわかり
最後の報復に関しても

「まーしょうがねー……かも」と納得方向に、人情が傾くのも否めません。


そんなこんなで
映像の美しさに反して、原作はあまりに下世話で、あまりにえげつないこのモールス。
……なのですが


もっとも映像とちがった点といえば
こうしたエピソードの組み方ではなく
先ほどもふれたように
エリを完全なる無垢、崇高として描いていたことでしょうか。

怪物でありながら、この世の物とは思えないほどの美貌を持ち
なにごとがあっても、決して汚れることがない存在。
まさにキリスト教的な、世界観のなかで
相反する魔と聖が、同じ顔を持ち、ひしめきあっている感じです。

血腥く、側に寄れば死んだ臓物の匂いがするのに
傷つかず、汚れない聖少年エリは
怪物ホーカンに手込めにされても、犯されたという印象すら読者に与えません。

またそれが、オスカーの恋心にとっても幸いなのは
言うまでもないでしょう。


完全な存在であるエリが
不完全な肉体しか、持っていない。
そうしたアンビバレンツが
エリ本人から、オスカーへと移行し、さらに読者をも巻き込む
物語の絶対真理へと昇華するために
欠落は、聖痕でなければなりませんでした。


それは少女でなく、ペニスを持たない少年という
最初の伏線が
原作者にとって、もっとも崇高なる無垢の象徴として、成り立っているからだろう……なんて

少し、前回のジェンダーを引きずりつつ
分析した次第です。


エリという名の由来が、キリストの最後の言葉
エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや)」から
神の意訳であるというのも、わかりやすいですね……


ちなみにこちらの原作
翻訳ものなので、断定出来ませんが、
視点移動と会話文が多く、非常に読みづらい文体でありながら
ストーリーはサクサクと進み、わかりやすいという
ライトノベル風味の矛盾も、若干かかえております(笑)

ベストセラーです。