続・帰ってきたはぐれ日記

@えりえりの個人ブログ ネットまわりのことを主に書いていきます

三世澤村田之助という女形

歌舞伎というものに、これまでほとんど無関心でいた私ですが
江戸物を書き始めてから、いわゆる庶民の娯楽としての「芝居」を素通りできず
多少の資料を読むようになりました。

ちょっと前置きが長くなりますけども
この「庶民の娯楽」としての歌舞伎というものは、江戸時代に花開いたもので
明治になりますと、一気に芸術化し、高尚なものへと変貌します。
わたしたちが知る「歌舞伎」そのものも、歌舞伎という言葉が、舞台や芝居そのものを指すようになったのも
おおよそ、この頃からであるようです。

ここでお話しする、三世澤村田之助という役者は
この過渡期である、幕末動乱期から明治維新にかけて、江戸歌舞伎の立女形として
絶大な人気をほこった人物でした。

まず、江戸歌舞伎と言う言葉が、なぜあるかと申しますと
上方への当てつけであるのは、まぁ……だいたい、この時代の常です。
そして、江戸文化の多くがそうであるように、威勢良く、奇をてらい、ど派手で、
情というものを多く題材にしました。

歌舞伎の演目は、大きく「世話物」と「時代物」にわかれます。

難しいことはさておき、上の説明をざっとご覧いただけばおわかりのように
あくまで、江戸時代には、まだ庶民の娯楽芝居でありましたから
観客を喜ばせてナンボ、面白くでナンボの世界。

時代物であっても、皆にわかりやすくするため
あるいは幕府の厳しい取り締まりの目をかいくぐるため、
作風は考証二の次で、
ひたすら場面転換や、早変わりなどのケレンで度肝を抜いたり、
人形振りという役者を人形に見立てた、色っぽい演出
水攻め、縄かけ、つるしあげ
女が男に、男が女に変わる脚本もあれば
有名な物語の、男女逆転バージョンなど
今のアニメ文化のような、萌え要素がプンプンの妖しい世界だったと想像して頂いても
あながち、見当はずれではないと思われます。

ここでは、そうした媚びが
『色物』と思われていた向きもあったのを、少し覚えておいて下さい。
まだ、高尚では決してなかったということですね。
繰り返しになりますが
田之助の時代には、それを高尚に、新時代に向けて変えていこうという運動と
ますます妖しくあろうという動きが拮抗していました。

そういうことで
わたしは、まだまだ不勉強ですので、当時の歌舞伎について
詳しいことは
いずれの場所でご覧頂くとして


そうした時代に、絶大な人気をほこった女形(おんながた、と読みます)であった三世田之助とは、どういう人であったかと申しますと

まーーーー大人気!(としか言い様がない)

彼が身につけたものは、何から何まで流行したといっても過言ではありません。
もちろん、腐女子もとい! 婦女子にです。
櫛に紅、半襟に下駄(このあたり、江戸女子のおしゃれマストアイテム)は、もちろん
田之助が足をケガした際、
痛々しい白の晒し(包帯)を嫌って、足首に巻いた紅縮緬がカッコイイ!というので
それを真似した輩(こちとら、男子ですね)も続出したというのですから

9o年代のビジュアル系だんすぃ〜より凄かった────とも推測できます。

その証拠に、彼が亡くなったあと十年たっても、彼の姿絵は飛ぶように売れたとか
長く美人を「田之助のような」と評したというほど
老若男女が美の権化として愛したということなのでしょう。


さて、そんな三世田之助ですが
今や、当時を偲ぶものはそうした時代の姿絵や、僅かに二枚残されたピンボケ写真のみです。
ただ、後継者もおいでですし、伝説だけは沢山残ってる。

Wikipediaにもざっと載っていて、わたしの知る限りですが、内容もそこそこ間違いはないようですので、リンクします。
三世澤村田之助

ただ、残念なことに
こちらにもある通り、現在では、彼が後年患った『脱疽』による四肢切断のほうが
彼の芸事の有り様よりもクローズアップされるようになっています。

脱疽というのは、いわゆる壊疽の症状です。
現在でも、詳しい原因などは解明されていないようですが、糖尿病の副作用などでも有名で
昭和の喜劇王エノケンが、やはりこの病で、片足を失いました。
現代では、血流改善の投薬療法などの処置がとられ、
若年性の脱疽で四肢を失うケースは、少なくなったとは言われています。

さて、田之助に戻りましょう。
彼が、立女形になったのは十代半ばのこと、脱疽で最初に片足を失ったのは
それからわずか七年後
わずか三十三年間という短い生涯の中、幼い頃から芸事ひとすじに打ち込んだ彼が
女形としての頂点にあったのが、どれほどの刹那であったか
おわかり頂けるでしょう。

わたしが、田之助に興味をもったのも
前述の情報の偏りで
まず四肢切断をした役者が、どうやって舞台に立ったのかという疑問からでした。
今のように、軽量化されたチタンの義足などない時代です。
膝がないということは、すなわち、足を中ほどで曲げることはできません。

色々と調べたのですが、彼には、大道具の天才と呼ばれた大親友がひとりおりまして
彼のために花道や、建てかけの仕掛けを考案し、舞台を支えたと言われています。
また、彼のために座ったままの役を書いてくれる、大作家(河竹 黙阿弥)もついていた。

そんなこんなで、文字通りの千両役者人気を枯れさせまいとか
手足のない役者という、見世物としての価値もあるんじゃないかとか
色々な、キツイ思惑もあったのでしょうが
介護と演出、双方の観点で田之助を支えた
スタッフの苦労は、想像を絶するものであったようです。

また彼自身、なにより舞台を降りる気がなく、ついに望まれなくなるまで
引退しては復活し、舞台を小さくしても上りと、芸に執着した人でした。

そもそも、脱疽というのは怪我ではありませんから
彼は、一度に四肢を失ったわけではないのです。
初めは、片足の指の麻痺、それが拡がり、激痛をともなって足首から下を腐らせる、さらに膝の下までくる────ここまで二年ばかり
そうして、ようやく手術ですが、
そこで、演技や舞に大切な関節である片膝を、まず失い
ようやく義足にも慣れた頃、次の足にも麻痺が始まり
そして、両足を失って、そのための舞台を作り上げたと思えば
演技に欠かせない、大切な手の指が腐り始めます。

徐々に、少しずつ、しかも激痛を伴って症状は進行していきます。

フツウの人間だって、もうやめて!と叫びたくなるような地獄の中で
彼は、もっとも体を大切にするべき、役者という生き様のただなかにありました。
あるいは、だからこそ踏ん張れたのかもしれませんが
そのあたりのことは、窺い知ることもできません。

この時点で、田之助というひとが
ただ、ただ、キレイキレイな女形さんではないのが、すでにおわかりかと思います。

そうなんです。このかた、めっちゃくちゃ豪気でキッツイ性格だったらしい。
見た目こそ、体つきほっそりとなよやかで、色白の美人顔の持ち主だったようですが
女好きだし
けんかっ早いし
欲が深くて、常にトップを走るためなら、どんな努力も厭わない。
仕事(舞台)が、自分の生き様ときめ、なにごとも譲らない。
中身は、そこらの男以上に男という、極端に相反するものを一つ身に収めた人物で
わたしは、その時点で彼に惚れました。

足がなくても舞台に立てる。
指がなくても、艶っぽい芝居をしてみせる。

そんな豪気であった田之助ですが、最後は病に負け
精神を病んでしまいます。

決して綺麗な生き方をした人ではありません。
性格もきつく、人を平気で罵り、上下関係に厳しく、女にだらしないばかりか
男の恨みも(女をはさんでも、本人の恋情相手にも)買う人で

鮮やかな生き様とは言い難く、舞台とは正反対の、汚濁にまみれて生きた人です。
ですが
生き抜いた人ではなかったかと
そのあまりの苦しみが
人の恨みからきたものだという、口さがない当時の噂を思っても
尚、そう思わずにはいられない。

生き抜いて、果てたのではなかったかと。

彼の舞台を見たかったなぁ(いやらしかったらしいです)


彼を題材にしたフィクションは、いろいろとありますが
わたしには、やはり最初に読んだ皆川博子さんの「花闇」が、強烈でした。

杉本苑子さんの、「女形の歯」は舞台化されましたが
四肢を失った田之助の狂気にスポットがあたり過ぎてて、
一般人には、ステロタイプの感覚としてわかりやすいとはいえ
わたしにとっては、あまりに通り一遍というか、
まるでフリークス扱いの田之助が可哀想です。人って、そんなに単純なもの?
ダルマになった。じゃじゃーん!的文章もいやでした。(なってないし)
短編なので、いとも簡単に狂ってるのも、なんというか……ごめんなさい。
ミーハーファンって、面倒臭いでしょ(笑) すみません、杉本先生。

南條範夫さんの「三世澤村田之助〜小よし聞書〜」は
小よしの妄想による、田之様ものがたりで
男性目線からみた、鼻持ちならないチャラ男で、どSの田之助を楽しむには
良いかもしれませんが、史実の逸脱甚だしく、リアルではない。
でも、文章の安定感はさすがの南條先生、フィクションとしてはたいへん読みやすいです。


村上もとかさんのコミック、JINにも田之助が登場しますが
史実とはかなり扱いが違いますし、わたし自身未読なのでなんとも申せません。


そんなわけで
舞台の裏と表、男性と女性の両面からじっくり描かれた
真っ黒けなのに神々しい、豪気なのに弱々しい田之助を堪能するには
やはり皆川さんの作品がオススメですよ。

……と、最後は、ただの趣味に走ってしまい、すみませんでした(笑)

いずれ、またどこかで三世田之助のこと
江戸歌舞伎のことをまとめます。

まずは、わたし自身もっと勉強しないとねぇ。わかんないことだらけ。