続・帰ってきたはぐれ日記

@えりえりの個人ブログ ネットまわりのことを主に書いていきます

歴史の闇

皆川博子氏の総統の子らを読んだ。

二段組みの六百頁越えなんて、久しぶり〜
途中の二日ほど、具合が良くなくて読めなかったけど、そこそこ速読のわたしが三日かかった(笑)

内容は、第二次世界大戦前後のドイツ、愛国青年二人の生き様と
ヒトラーの元に台頭した、ダスライヒ(第三帝国)の崩壊までを描いている。

皆川博子先生というのは(わたしの心の師匠なので、先生づけ)
耽美色の強い作風で知られているけれど
歴史小説家としても、大変な筆力をお持ちのかたで
世界中が忌み嫌う、ナチス時代のドイツを、同じ敗戦国の戦争経験世代として
怖れることなくお描きになる。

その戦時下のシリーズは、いくつかあれど
この作品に関しては、「総統の子ら」というタイトルの通り
真っ正面から、あの黒服SSの内側へ切り込んでいる。

わたしは皆川先生の作品には、江戸物からはいった。
だから、まさか、この時代ドイツでまたお会いするとは思いも寄らなかったが
どうやら、皆川博子さんは、わたしと好みが非常に近いらしい。
(切り口、語り口までよく似てる)

実は、わたしが同人小説に手を染めた十代
18〜19歳頃に、はじめて書いた作品が「フリークス」とこの「武装SS」だった。

であるので
お小遣いを貯めて資料を漁り、
NSDAP(ナチ党の正式名称)とはSS(親衛隊)とは何だったのか
決して安くない本を集めて、考え

戦勝国が決めつけた、武装カルト集団というレッテルは
歴史の示す一部分の誇張に過ぎなかったのではないかという
ごくごく、当たり前の疑問を抱いて、短く、拙い作品を書いた。

制服フェチの集まる、ミーハーなナチ同人の中で
浮いてしまってごめんなさい。だったけれど
主催者さんには、ぎゅっと手を握って貰い
「わたしの本音も、実はコレなんです」と語られたのを思い出す。

この作品を読みながら
わたしのそうした小さな疑問を、祖父を南洋の闘いで失った憤りを
1930年生まれの戦争体験者で
愛国少女であった皆川先生も、抱きながら今日までいらっしゃるのがよくわかった。

戦勝国の正義は、敗戦国に等しく、降り注いだ。
勝った者のみ正しいのが、国と国との争いの結末だ。

日本もドイツも
二十世紀初頭から半ばまでの歴史は、全て真っ黒に塗りつぶされて久しい。

ナチ、ドイツが真っ黒になればなるほど
連合国の正義は、白く輝く────と、最後に述べられた文章は、まさにその通りで
歴史には、かならず流れがあるものを
堰き止め、別の流れに変えてしまうのが
勝者の敗者を分かつ、戦争の大義であるのだとも思った。

これは、何も第二次大戦だけに限らない。
有史以来、連綿と繰り返されてきたことだ。


皆川氏については、またいずれ語りたいと思う。
今まだ現役でいらっしゃる上
健筆であり、また、大変な美文家でもありながら、物語に酩酊することなく
実に堅牢な物語を、積み上げるのを得意とされる。

ただ、誤解を怖れず告白すれば
あまり一般向きではない。
特にこうした長編では、予備知識もなしに取り組むのは、ちょっときついかも知れないし
改行とひらがなの多い、現代の小説に慣れ
漢字や語彙の多さを苦手とするタイプの読者には、倦厭されるとは思う。


だけど
小説ってものは、フィクションってものは
読み応えがあってナンボ!! という活字中毒には、丁寧に作り込まれたキャラクターと
時代背景と
緻密な物語のうねりに満足されることだろう。

うーん……なんか、うまく書けない。好きすぎて(笑)
そんな風に思うのも久しぶりだな(笑)


このところ、いかにして読んで貰うか(一般読者に媚びるか)
そのことばかり考えて
読みやすいもの、わかりやすいものを選んでは、勉強していたので、

本当に自分の好きなものを、嬉々として読む喜びを
忘れていたのかもね……