続・帰ってきたはぐれ日記

@えりえりの個人ブログ ネットまわりのことを主に書いていきます

怪談は何時(いつ)読もう?

京極夏彦氏の小説で、映画にもなった「嗤う伊右衛門」は
わたしのもっとも好きな京極作品なのですが
三部作といわれる残り二つ、「覘き小平次 (角川文庫)」と「数えずの井戸」を、ようやく手に入れました。

ところが買ったものの
いつ読めばいいかと持てあましてます(笑)
傑作なのは、知れたこと
どうせなら差し障りのない感じで、がっつり浸りたいのが人情。

差し障り────というのは、まさにそれ。
いつよめば、こわくないかなーーーっちゅう(笑)
読書タイムって、たいてい夜じゃないですか。


他人の物差しや感想が、さほどあてにならないのが文学ですが
怪談やホラーほど、反応の極端なものも、そうないでしょう。
作品が面白いかどうか、それ以前に
まず、受け手が“何を怖がるか”というのがネックで。

こちらは千差万別。

たとえば、わたしならば、わりと怖がらないほうで
わたしの感想はアテにならないと、よく言われるのですが
それはあくまで、文学の話。

映像で、「ああいるな」という奴は、絶対見ません。
怖さの限界が、たぶん人よりリアルなんでしょう、きっと。(色々あったので)

なので映画館なんかで、こんなの見た日には、
確実に長引く風邪をもらっちゃったり
くじが当たんなくなったり
割りに合わない役目を押しつけられたり
つまんないことで、夫と喧嘩しちゃったりしそうですから
こういった、むやみなホラーや、ホラー好きとは、関わらないようにしています。

なので、どんなに運勢の強い、ラッキーな人でも
あまり、こういうものにのめり込んだり、好む人というのは
わたし、感心しないんですよ。
時には、理屈抜きで「ホラーより、面白がる行為そのもの」が恐ろしいこともあります。

逆に言ってみれば
わたしの怖さの基準は、これだけなので
怖いもの全般がだめですと仰る方の、指針にはまるでならず、申し訳ないことです。


ただ、今まで読んだなかで
いわゆる時代劇や、江戸物の怪談で、こわかったことは殆どありません。
もちろん、物によりますが
きちんと時代考証して、(人を怖がらせること目的ではなく)文学として描かれているものは
どんなにえげつない、人の怨恨やダークサイドを描いても
不思議なくらい、中身が澄んでます。

ひとつには、日本の場合、祟りに関して敏感な民族であるので
たとえ伝承であっても
きちんと供養を済ませているというのがあるんでしょう。

一番良いのは、歌舞妓などの舞台の前のように
きちんとお弔いの形をとることでしょうが
ただ読む場合ならば
お茶を一杯お出しして、手を合わせ、これより読ませて頂きますと
描かれた方のご冥福とご供養を願い、じっくり堪能させて頂れば、いいようにも思います。


一番良くないのは
○○スポットめぐりなんですよね。これは、色んな方から聞きました。

○○スポットの丸の中には、当然漢字二文字が入りますが
時には片仮名三文字もはいるそうでので
スポットめぐりは、その土地にいらっしゃる色々な物に対し、不敬のなきようということだそうでした。


あらまぁ、なんだか
読む前から怖い話になっちゃって、申し訳ない。